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浦和地方裁判所 昭和57年(わ)251号 判決

裁判所書記官

鈴木正樹

本籍

埼玉県浦和市常盤六丁目一二番

住居

同県三郷市彦成三丁目九番一〇-一四〇一号

医師

三須暎

昭和一〇年一一月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は検察官浅野義正出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金七、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、埼玉県三郷市彦成四丁目四番一五号一〇一において、「みさと団地中央診療所」の名称で医業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、診療収入の一部を除外し、架空経費の計上をするなどして仮名預金を設定し、債券などの簿外資産を蓄積するなどの方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和五三年分の実際総所得金額が一億六、一八七万二、一一五円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五四年三月一五日、同県春日部市大字粕壁字浜川戸五、四三五番地の一所在の春日部税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が三、三六九万二、二〇三円でこれに対する所得税額が九三二万二、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億九六万九、〇〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)と右申告税額との差額九、一六四万六、九〇〇円を免れ、

第二  昭和五四年分の実際総所得金額が二億一、四七一万七、〇一二円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五五年三月一五日、同県越谷市赤山町五丁目七番四七号所在の越谷税務署において、同税務署長に対し、同五四年分の総所得金額が三、五一六万二、五九五円でこれに対する所得税額が八五〇万二、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により正規の所得税額一億三、九一七万八、三〇〇円(別紙(五)税額計算書参照)と右申告税額との差額一億三、〇六七万六、二〇〇円を免れ、

第三  昭和五五年分の実際総所得金額が一億六、九六八万二、八三七円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五六年三月一六日、前記越谷税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の総所得金額が一、七三八万七、五五五円でこれに対する所得税額は五二三万三、八七九円であるが、源泉徴収税額五七四万七、二五一円を控除すると五一万三、三七二円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一億五一五万六〇〇円(別紙(六)税額計算書参照)と右申告税額との差額一億五六六万三、九〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書三通

一  収税官吏の被告人に対する質問てん末書一九通

一  被告人作成の答申書七通

一  収税官吏作成の収入金額、仕入、旅費交通費、接待交際費、修繕費、減価償却資産の残高及び減価償却費、福利厚生費、給料賃金、利子割引料、賃借料、支払手数料、検査料、衛生費、諸会費、消耗備品費、保険事務手数料、利子所得、雑費、車輌売却損、地代家賃に関する各調査書

一  越谷税務署長作成の昭和五六年五月一四日付及び同年一一月二六日付(検察官請求証拠番号甲67)各証明書

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条第一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により、いずれについても軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役と罰金を併料し、かつ各罪につき、情状により所得税法二三八条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金七、五〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、診療所を開業する被告人において、三年度にわたり合計三億二、七〇〇万円余りの所得税を免れたというものであって、脱税の動機についてみるに、要するに税金を納めたくないということに尽き、医師については租税特別措置法二六条等の優遇措置も認められていることも考慮すると格別斟酌すべきものはなく、また、犯行の態様も、脱税意図の下に診療収入の一部を除外したり、架空の従業員に対する給料を経費にするなどして、簿外預金を設定し或は仮名の債券を購入したりして所得を秘匿したうえ、青色申告の承認を受けているにもかかわらず、経理帳簿も記帳せず、顧問税理士の注意を無視して、勝手にでたらめな決算書や確定申告書を作成しているのであって、極めて悪質というべきである。ところで弁護人は、被告は多忙であり、また、税金問題には比較的無関心であったことから過少申告をするに至った旨主張するが、多忙であれば、経理担当の事務員を置けば済むことであり、また、顧問税理士の助言に耳を貸さず、自ら計算していることから税金問題に無関心であったとは到底言えないのであって、多忙であったことが、何ら有利に働く訳ではない。加えて、本件によって免れた所得税額は著しく高額であり、逋脱率も各年度とも九〇パーセントを越えていること、数年前から架空経費の水増をするなどして脱税をしていたことが窺われること、現行法上優遇を受け得る立場にある医師による巨額の脱税事犯に対しては、国民一般から厳しい批判があることなどの事情に照らすと被告人の責任は重いといわなければならない。

他面、本件では租税特別措置法二六条による必要経費算定は認められないものの、もともと同条による処理が可能であったものであり、それによれば脱税額も減少し、情状としては斟酌できること、犯行後各年分につき修正申告のうえ本税・重加算税・過少申告加算税及び昭和五三年分の延滞税を納付していること、被告人の経営する診療所においては外科を担当する被告人と産婦人科を担当する医師である妻によって、主として診療が行われているのであるから、妻の所得に対する貢献を評価すべきであること、それなりに社会的制裁を受けていること、被告人には前科・前歴はなく、これまで外科医として地域医療に貢献してきたこと、一応の反省をしていることなど被告人に有利な事情もあるので、懲役刑については実刑に処することも考えられない訳ではないが、今回はその執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野隆志 裁判官 小原卓雄 裁判官 原田保孝)

別紙(一) 修正損益計算書

自 昭和53年1月1日

至 昭和53年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙(二) 修正損益計算書

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

別紙(三) 修正損益計算書

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

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